jun la vie
<< December 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| | - | - | - |
あゝ、荒野
 

11月26日 17:00 青山劇場 

新次に逢ってきました。

自信家で、野蛮な男。ギラギラした瞳。

でも、極彩色ではなく、透明な。とても不思議な男。

あんな男には今まで逢ったことがありません。
 



原作も脚本も読まず、一度きりの観劇。
観劇前から分かっていましたが、わたくしの卑小な脳みそでは、正直「理解」することはできませんでした。

でも、心と身体を使って、断片ぐらいは感じ取り、受け取ることはできたのかな?と思っています。

本当は、舞台の感想は、原作と脚本を読んで、答え合わせ(?)のようなことをしてから、書こうと思っていました。

でも、家に帰って、原作の扉を開いて、気づきました。

答え合わせなど、必要ないのだと。
・・・とゆうか、できないのだと。
原作や脚本を読むことで、色々な光景が蘇ってくるのだと思っていました。
そして、理解を深めることができるのだと。
でも、全然違いました。
読み進めるほどに、わたしがあの空間で見たものが消えていくんです。
どんどん、どんどん塗り替えられていくんです。

わたしが見た世界は、あの空間の中にしか存在していなくて、どんなにとんちんかんで、的外れだとしても、わたしは、あの空間で見て、感じたことを言葉にするしかないのだと気づきました。

だから、感想ではなく問いかけのようになってしまうかもしれません。
問い続けることで少しでも近づけることを願いながら。


 

新次の身体・・・

本当に本当に素晴らしい身体でした。
・・・と、わたしが書くとやらしい意味にしか聞こえないでしょうし、やらしい目線で見ていた瞬間が一瞬もなかったのか?て聞かれると、まあ、150瞬ぐらいは、ありましたけども!(いや、あるでしょうよ!)

でもね、なんてゆうのかなあ・・・あの身体も作品の一部だと感じたんですよね。
新次は肉体とゆうものにすごく重きを置いていて、自分の肉体を一番に信じているような男なので、新次を演じるにあたって、「強靭な肉体」を作り上げることは必要不可欠だったと思うんです。
そこに説得力を持たせることができないと、全てが成立しなくなると思うんです。

・・・で、潤ちゃんは・・・

すっげえええええ、身体を作り上げてしまったんです。
(て、書くと見てない方の妄想がぶくぶくに膨らんでいるでしょうが・・・。んふふ。)

身体を鍛えることは、誰にでもできるけれど、あの身体にはきっと誰も辿り着くことはできないと思います。潤の体って不思議だなあ・・・て前からずっと思っていたけれど、改めて不思議な体だなあ・・・て思いました

神がかっていて、奇跡みたいな身体でした。


バリカン・・・

バリカンの気持ち。わたしには、すごくよく理解することができました。

人とキチント向き合うことができないこと。
人を愛することができないこと。人から、愛されることができないこと。
人を本気で憎むことができないこと。
そんな自分への嫌悪。変わりたいと願う気持ち。

愛したい。愛されたい。

全て、わたしの中にもある感情です。

舞台の上に立っているバリカンが自分に見える瞬間があるほど、わたしにはバリカンの気持ちがよく分かりました。

て、書くと、あずさんてほんとに暗い人なのね・・・!(かわいそう・・・!!)と思われそうですが、ええ、わたしは暗いですが、何か?(開き直るよ!)

ただ、バリカンのように、弱いままでいることは、わたしにはできないことです。
もちろん、バリカンがそれを望んでいるわけではないことは分かっています。
そこから、離れたいと強烈に願っていることも分かっています。

でも、バリカンには弱いままでいられる強さがあると感じたのです。

わたしは弱い自分を隠して、この世界に紛れ込んで生きています。
人と話すのは苦手だけど、社会生活を営むのに支障がない程度には最低限、人と話しをすることができます。

だから、あきらめてしまうことができるし、バリカンのように、強く、変わりたいと思う気持ちを持たずに生きていけるんです。

バリカンはどこまでも弱い。そして、強い。そう感じました。

そして、新次への憧れ。
ここに関しては、男子特有の感情だとわたしは思っていて、女のわたしには、理解できない部分もありました。
もちろん、憧れる気持ちはわかるんだけど、自分が今まで感じたことのある気持ちや、これから感じることがあるであろう気持ちの中にはない感情だし、想像でしか理解することができないと思います、
そして、2人の友情に関しても、女には理解できないし、理解しなくてもいい世界だと思っています。

踏み込んじゃいけねえよ!ってね。


新次の強さ・・・

新次が舞台上で「お前は誰だ?」と問われるシーンがあります。

何度も何度も何度も

「お前は誰だ?お前は誰だ?お前は誰だ?」

そう問われ続けるんです。

わたしだったら、きっと真っすぐに立っていることができなくなると思います。
しゃがみこんで、耳をふさいでしまうと思います。

でも、新次は前を見て、しっかりと立ち続けているのです。

「俺は俺さ。この身体こそが俺なのさ。」

そう叫びながら。

新次は強い。
でも、わたしには新次の強さが分からないのです。
新次の強さの理由が分からないわけではありません。
理由が分からなくても、理由があることが分かっていれば、それで十分だと思うんです。
でも、新次の強さには理由なんてないように感じるんです。
新次は、ただただ強い。
弱さのない強さなどないと、ずっと思っていた。
もちろん、新次の中にも弱さは存在するのだと思う。
迷いもあるだろう。

でも、新次は圧倒的に強いんです。
ただただ、強いのです。
なんて、人だろう。


新次の欲望。

欲望って普通は「うごめく」とかそうゆう表現が似合う言葉だと思います。
でも、新次の欲望って、ものすごく直線的だと感じました。
光に向かって、ひたすら突き進んで行く衝動。
そのエネルギーが新次を輝かせていて。
でも、その光があまりにも強すぎて、白を通り越して、わたしには何だか透明に見えました。

あんなに真っすぐな欲望を持ち続けることができる人は、なかなかいないと思います。

ただ、最後のバリカンを叩きのめすシーン。
あの行為と新次の欲望との繋がりが、わたしには、正直よく分かりませんでした。

バリカンをボコボコに叩きのめしてやるんだ!って言うのは、新次の欲望ではないわけで。
新次に叩きのめされたいと願っているバリカンの願望を叶えているだけで。
いや、違うのかな?あの行為はもっと、新次自身の何かであったのかな?
あのシーンでの新次の気持ち・・・、わたしには、ちょっとよく分からなかったなあ・・・。

あのシーンは欲望とは関係がなく、対話・・・??のようなものであったのかな?


叫び叫び

最後の新次の叫び。
わたしね、一瞬、バリカンが叫んでいるのかと思ったんです。
まあ、すぐに、新次の叫びだって気づいたんだけど・・・。

ただの勘違いや聞き間違いに、勝手に無理やり意味を持たせるな!て言われそうですが、最後のあの叫び・・・あの叫びは、もしかしたら、バリカンの叫びでもあったのかな?と思いました。
いや、分からないけどね?結構適当に書いてるけどね?(笑)

でも、わたしにはバリカンの声が聞こえたような気がしたんです。


カーテンコール

潤は新次から覚めないまま。
勝村さんが帽子を落として、それにつっこみを入れるときは、ちょっとだけ、じゅんちゃんだったかな?

登場する度に、会場中を見渡すように2階席のほうまで、よく見ていました。

わたしは、ずっと睨むような目で彼のことを見ていました。

笑ってあげたら、よかったかな?
優しい顔で、「頑張ったね!よく、やったね!」って伝えてあげればよかったのかな?

でも、わたしにはそれが、できなかった。
睨むような目でずっと見つめ続けることしかできませんでした。

最後に潤が一人で出てきて、舞台の端で深く一礼。
そして、走り去っていく。

この姿が今も焼きついています。


新宿新次

新次ってなんなんだろう。新次って誰なんだろう。新次の存在が、わたしには全く分かりません。

もう2度と逢うことはできないのに、わたしの心も身体も頭も全て支配して、わたしの心臓を濡らしている新次。

架空の新宿の街で、私の中で、潤の中で、

お前は、誰だ?

なぜ、現れた?




| 20:52 | ぶたい。 | comments(0) | - |
スポンサーサイト
| | - | - | - |